門前の小僧

 ロータリーと私の出会いは1930年(昭和5年) 5月神戸での第2回地区大会に父貞次郎(東京RC会員)の家族として参加したのが始まりであつた。
 戦前のロータリーでは今の忘年家族会のように幼少年者が参加出来る機会はなく、地区大会のみ配偶者と成人家族が参加を許されていたようだ。私も18才になつたとのことで参加をすることが出来た。もう1年早く生まれていたら第1回からの京都大会に参加の記録が出来たのにと思うと少し残念なことである。それにしても、その後は、別府での第11回大会まで7回も参加し、これで何処までロータリーの本質を掴めたか、どうかは別としても大事なロータリーの雰囲気を掴むことが出来たと思う。昔の言葉では「門前の小僧 習わぬ経を読む」を体験出来たことを父に感謝している。
 この間、父からはロータリーについて何のお説教を聞くことも無いし、文献を与えられたこともなかつた。またロータリーについて書き残したものは何もない。
 ロータリーは頭で覚えるのでなく身体で覚えるもの。
 ロータリーは教えるものでなく示すもの。
と言うのが父の信条と理解している。

 戦前の地区大会は更に第12回が横浜で行われたが、この時は組織を変えて、第1回日満連合年次大会として行われた。この時点で既に時局は極めて厳しくなり、その年1940年9月には、東京RCは国際ロータリーを脱退の止むなき事態となり、その翌年1941年12月第2次世界大戦が勃発の事態になつた。


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