黒澤貞次郎(真のロータリアン)(ああ黒澤さん)

ああ黒澤さん  渥 美  育 郎

「本当に惜しい人だったね」、「モウ是からあんな人は出ないナ」。黒沢さんの訃をきいたロータリアン−−恐らくロータリアン以外でも 君を知る程の人たちを挙って異口同音の歎声はこれでした。私と故人との辱知は専らロータリーを通じての過去30年間でしたが、年を重ねる程に君を尊敬し愛慕する心持は愈々強まるばかりでした。然も人に対し世に処する君の挙措態度というものは、そこに些かの衒いもなければ何の工作もない、洵に天真爛漫の発露であって、私は常に君を以て「平凡なる偉人」と呼んでいたのでした。あのえびす様のようないつも笑を湛えた童顔に、ゆったりとした静かな物言い、仕事の上でも又交際の上でもあの通りの偽りのない気持でその生涯を貫かれた事と思います。但し又その半面には、荀も道理に外れた邪悪に対してはまた酷しい反抗をも敢て辞さなかったろうと思われ、私などはお付合いの性質上ついぞそんな処を見た事もありませんが、定めて永い公私の御生活に於て時には雷のおちる事も往々に して存しただろうと想像も出来ます。曽て故米山翁から聞いた、故人があの大を以てしても尚且つ身を持すること只管に謹厳、浮わついた奢侈や享楽は極度に之を戒めながら、しかもその従業員の福祉や国家社会への奉仕貢献のためには又財を吝まず正義一途にその範を垂れられた様々の事実、更には君の御死後に於てその知己友人たちが二人寄り三人集まれば必らず話の出る君が過去の奮闘苦心の思い出、数々の他に比類なき美事佳談、今更ながら「ああ共に得やすからざる人だった」とその都度一同は等しく粛然とするのであります。
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