青少年交換学生(地区委員会の強化)

 浅野均一氏(西北RC) の調査により、湯浅PGの夫人の個人的グループがこの活動に関与し、その子女に優先留学の機会を与える情実を排除して、公正に学生の選抜、事前研修、相手国や、受入学校との交渉、経費予算の確立等を地区組織を強化して実施するように定められた。学生の選抜から帰国まで3年の期間を要するので委員の任期も同じ3年とし、委員の子女は派遣に応募の資格なしとした。
 1968-69 年度より奥山義人氏 (日本橋RC) を委員長とし新制の地区委員会が発足し、私も委員の一入になつた。69-70 年度は野生司氏 (小石川RC) が、70-71 年度は私が委員長を勤めることになつた。
 1970年RI理事会は青少年交換活動についての指標(Guide Line) を示したので、これに準拠して「国際青少年交換計画の手引」を作成し、この活動の基本的姿勢とした。70-71 年度の派遣学生の選抜試験を終り7名(男2名、女5名)の派遣確定したので、安田ガバナーに報告したが、ガバナー曰く「学生派遣の男女比が悪い。男子を増やす努力をされたい」と、私は答えた「男は大学受験直前の一年間の遊学は厳しい、それに比べ女子はその負担が軽く、やがて立派な国際的感覚を持つた教育ママに育てられた子供が大きくなつた時は女子の方がより大きな効果が期待出来る」と、ガバナー曰く「君は気の長い人だ」と。でも、それから30年、今その時が来たようだ。

70-71年度 派遣学生7名(男2、女5)出身校
男子(日比谷、日大一)女子( 学習院2、慶応2、成城)
受入学生  5名


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