心の窓 (我が家のゲスト・ブツク)

 大昔から文化の流れはインド、中国、朝鮮を経て日本はその終着国であつた。それ故、中国に学びに行くことがあつても、日本に学びに来る人はなかつた。
 日本への留学生記録は日清戦争(1894-95) 後、敗戦国の中国が20名の若者を選び日本に派遣した。この受入は日本政府も初めての事で戸惑つたが、慶応義塾に学ばせ何とか形を整えたが宿舎は民宿に任せたのが悪く、戦勝国の勢いに乗つた日本人は中国人を侮蔑したため、1 年も経ぬ間に皆帰国してしまつた。
 時は過ぎ、第2次世界大戦の初期東南アジアを占拠した日本は、将来に備え、その地域の特に優秀な若者を選び日本で研修させた。南方特別留学生である。来日の初期は良かつたが間もなく戦局は厳しく、食料は不足、空襲を避け防空壕の中の生活等で留学としては最悪の状態であつた。終戦となり帰国したが、彼等は今は一番の親日家として活動をしている。彼等は言う。防空壕で共に過した頃の日本人の心の窓は開けていたと言う。しかし、やがて日本が奇跡的復興を遂げた時日本人はまた心の窓を閉ざしてしまつたとも言う。
 私はロータリーの来日した留学生達との交わりの体験で「心の窓」を開く早道は我が家の開放と悟つた。それには家内、家族一同の絶大な協力があつてこそ達成出来ることである。我が家に招く時は誰か友達を一緒に連れて来ることを勧めた。その友達との会話を聞いていれば滞在生活の良否がすぐ判断できた。帰りがけに我が家のゲスト・ブツクにその日の短い所感を書き残してもらい、更にその日の写真一枚を添えた。この本も今は9冊目を終わろうとしている。我が家の宝の一つである。


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