クラブ会長就任(前半、後半)

 78-79 年度クラブ会長就任を指名された。後2年で創立30周年を迎える時期、会員数も 216名にもなつていた。当時クラブ会長は、西野、米山、御手洗と大物の後に、中谷、山口、黒澤と子供会の若手が続いたこともあり、この大役を務めることに大先輩の方々は何かと心配されて細かいご注意をくださつた。
 ある方は、会長職は一年一度限りのことだから、充分に注意して完璧を期すようにとの厳しいご注文であつた。また別のある方は、例会は一年に50回全部を自分一人ですることは避けよ、時々休め、そして副会長を壇上に立たせて、将来の為の訓練をさせよとのご注意である。
 丁度10年前であつた、サツポロビールの松山さんが会長の時、事務所は同じ銀座の直ぐ目の先の近くだから副会長の役を務めよのことでお手伝いをすることになつた。松山さんはお忙しい方でしばしば例会を休まれた。
 本番で立つのと、代理で立つのでは緊張の度合いも違いなんとか、この務めを果たすことが出来た。
 この事を思い返して、松山さんは私の訓練の為に休まれたのかと遅まきながら感謝の気持ちを捧げたのである。そこで私はこの年度の例会は前半を完全に休まず務めたが、後半を時々休み、副会長の立川さんに代理を務めていただくことにした。
 ロータリーで壇上に立つて話をすることは難しい事であつた。私のガバナー一年先輩の清家さんは自分は千人の学生の前で話をすることは容易だが、百人のロータリアンの前で話をするのは難儀のことだと言われた。ロータリーは「人作り」も大切な仕事と悟つた。


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