青少年交換学生(本渡RCとの絆)

 1976年3月16日日曜日の早朝、帰国学生を出迎えに羽田空港に出かけた。日航 772便は定刻到着、学生は皆元気に帰つてきた。出迎えの家族への引渡しを概ね済ませた時、まだ一人の見知らぬ学生が淋しく立つているのに気がついた。どうしたのかと訊ねると、静岡の姉が迎えに来るはずだが会えない。熊本まで帰りたいが航空券の用意がないとのこと。名前を聞くと本渡RCの浪崎恵美子とわかり、取り敢えず航空券を用立て飛行機に乗せた。
 これまでは、ただの小さな善意行動の一つにすぎないがこれから不思議な奇遇の重なりで大きな反響が起きた。それから一年経た時、本渡RC会員田口氏が「友」に「交換学生の渡航に思う」の記事を投稿された。
 本渡RCはオーストラリア・ニユーマーカス市と単独学生交換をしており本年は3人目の学生中島徳子を羽田空港からキヤセイ航空便で送り出した。単独行では淋しく不安なので、その便には他地区の学生団体もあると聞きこの便を選んだ。当日両親に伴われて羽田空港に来たが、確かに10人程の何処かの地区の学生達もいた。航空会社の親切なアドバイスでその団体と一緒の行動をするように勧められた。両親はその団体に再三交渉をしたが同行を断られ、止むなく一人旅となつた。年若い娘を見知らぬ土地に手放す両親の気持ちは如何ばかりかと思うと、厚意と友情を深め、他人への思いやりを大切にするロータリーがこれで良いのかと、両親の報告を聞き、会員は憤慨をした。どうかこのようなことが再び起こらないようにと願つて止みません。
 この記事を偶然見た私は直ぐ本渡RC宛に手紙を出した。
 これは初めての経験で、何か虫の知らせかもしれない。


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