日韓親善会議(ソウル大会支援)

 1979年アジア地域大会がソウルで開催された機会に日韓親善会議を定期的に開催しようとの案が決められたが、幸に1982年RI会長主催の日韓親善会議がソウルで、83年は神戸で、85年には再度ソウルで開催されこれに代り、自主的には87年に宮崎で開催、参加者 524名であつた。日韓両国の関係は近くて遠い国とも言われ、歴史的には両国がしばしば不幸の関係にあつたことで、それは政治的な解決が基本であるが、ロータリーの国際親善の枠組みの中で出来るのは、お互いに言葉が通じる今をおいてしか無いとする委員達の熱意によるものであつた。

 87年に89年ソウル国際大会支援の為にこの委員会の組織強化に当たり、私は菅野委員長の要請で委員の一員に加り、東京在住のことで連絡委員の職務を担当した。
 このソウル大会には日本から16,000人の参加者があり、総参加者は38,878名となり78年東京大会( 39,834名) に次ぐ参加者数第2位の大きな成果を上げて、韓国側から感謝された。

 その後も89年ソウル 札幌航空便開通や、91年李方子様追悼会等の機会を捕らえ、両国の委員と少数の関係者のみでの小規模な会合が続けられた。
 1992年仙台で第5回親善会議が「手と手 心と心を」をテーマとして開催され、800 名に及ぶ参加者が予想されその為経費も嵩み、ガバナー会からの多額の支援を得て大きな成果を上げ、高く評価されたが、諸般の事情により経費援助を継続して受けることが困難となり、この会議は今回をもつて終了することが宣言された。


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