日本ロータリーの原風景を辿る(その反響)

 日本ロータリ原風景を辿る(その反響)

 富山惟太(2510PG)−1993年7月北海道南西沖地震による津波災害が発生したが、その2月前に刊行されたこの原風景を辿るの書が救援作業に大きく役立つた。

 伊藤恭一(PD85−87)−この震災時は対外通信は途絶の為諸外国のRCからの救済金は大阪RC気付で送られてきた。当時の大阪RCの会長星野行則氏は最も若い、最も身体の大きい私の父忠兵衛に救済金を円貨に換えて速やかに東京RCに届けよとの指示をだされた。亡父忠兵衛は100キロを越す大男でしたが、窟強な2人の社員と共に札束、米、缶詰等の詰まつたリユクサツクを背に上京した。こうした古き良きロータリー活動を見直しして欲しい。

 森三郎(2570PG)−これを見て思わずロータリーの青春を見たと感じた。今の老衰状況と比べて羨ましく思う。

 黒澤−払はこの災害の時は数寄屋橋の京稿区立泰明小学校の6年生であつた。夏休みを終え、二学期の始業式を済ませて家に帰ると突如ガーンと激震に襲われた。都心部は間もなく火の海に襲われ学校校舎は灰燼に帰した。復興は以外に早く、暁け跡がかたずくと円錐形の米軍寄贈のテントの幾張りかが立ち授業が再開された。三月の卒業式までにはバラックの仮校舎も建てられていた。
 この教室で使われた黒板は東京RCの寄贈のものと知つたのは10年余もしてからのことであつた。この黒板で学んだ学童の一人が七十年後のロータリーの会合での発言がこの書の発刊の動機になつたとのこと唯感慨無量の思いがする。東京西RCの皆様のお骨折りを感謝致します。


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